Archive 1月 2010
ポーランドの養蜂業
ポーランドの蜂蜜酒を語る上で欠かせないのが、これらの産業を支える要である「養蜂業」です。
郊外に行くと、普通の民家の庭先に、写真のようなミツバチ小屋がたくさん並んでいる風景をよく見かけます。
多くは、企業と業務提供を交わし、メーカーに蜂蜜を仕入れているところが多いのですが、自営で瓶詰めしたハチミツにラベルを貼り、地元の市場で販売したり、自家製の蜂蜜酒を作ったり、蜜蝋(写真後方)を作ったり、という家も多いです。
ちなみに、ポーランド製の蜂蜜は日本にも輸入されており、ポーランドにおいて重要な産業であることが明らかです。
写真:Pszczelarski blog Piotra「養蜂業ピョートルのブログ」
「ポーランドって、どんな所ですか?」と聞かれたら、「北海道を4~5倍に引き延ばしたような感じ」と答えます。
果てしなく広がる地平線、一面の麦畑や森林、川、湖。
山岳地帯は、スロヴァキアの国境にあるだけで、後は、数百メートル級の山が所々に連なるのみ。
日本とはスケールの違う花の群生や農耕地も多く、ミツバチの飼育がしやすい環境だと思います。
一方で、相手が「ミツバチ」だけに、危険を伴う、大変な作業でもあり、業者さんのご苦労がしのばれます。
シュラフタ(貴族)の陶器ボトル
ポーランドには、中世から近代にかけて、『シュラフタ(szlachta)』と呼ばれる貴族階級が存在しました。
近代には庶民に広く伝わった蜂蜜酒Miód Pitnyも、かつては王侯貴族でのみ愛飲され、ワインよりも希少な飲み物だったのです。
理由の一つは、葡萄を醸造してワインを作るより、ハチミツを発酵させて美味しいお酒にする方がはるかに難しかったからです(気候や環境の影響を受けやすい)。
その名残で、ポーランドの蜂蜜酒といえば、「シュラフタ」がシンボリックに語られることがあります。
ロシアやプロイセンなど、しばしば列強の侵略に脅かされてきたポーランド。
その度に、ポーランドの人々は、祖国を守るために闘ってきました。
こちらはApis直営店で売られているシュラフタを象った陶器のボトル。
頭部がキャップになっており、蜂蜜酒を保存することができます。
ボトルだけでも十分お洒落なMiód Pitnyですが、こうした陶器ボトルに移し替えて飾っておくと、風味も増すように感じますね。
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シュラフタを象った陶器のボトル。 カップを手にした男性貴族と貴婦人です。 |
頭部はキャップになっており、 蜂蜜酒を移し替えることが出来ます。 |
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カップをもった貴族の頭部。 |
カップをもった貴婦人の頭部 |
では、実際、ポーランドのシュラフタはどんな感じだったのでしょう。
日本の小説やドラマにおいて、織田信長や武田信玄といった戦国の武将が一種の憧れをもって描かれるように、ポーランドにも救国の士であるシュラフタを描いた作品がたくさんあります。
『歴史映画の中のMiód Pitny ~貴族文化と農民の暮らし~』でも紹介している、映画「ファイアー・アンド・ソード (Ogniem i Mieczem)」では、恋のため、祖国のために闘う貴族の武将ヤンがハンサムな騎士として描かれていますし、その相棒である高僧ザグウォバは、蜂蜜酒が大好きな、お茶目なキャラクターとして物語を盛り上げます。
実際、彼らがこのような華やかな装いをしていたかと言えば、おそらく否。日本の時代劇で、赤穂浪士が見映えのよい装束を揃えて討ち入りするのと同じく、映画用に味付けされた部分も多いと思います。
しかしながら、ベルサイユやエリザベス1世の世界とは趣の異なるエキゾチックな民族衣装に、土の匂いのする建物や調度、質素で堅固なカトリック的な雰囲気など、「いにしえのポーランド」を偲ばせる演出は見応えがあります。
貴族に愛されたMiód Pitnyの魅力がきっと伝わってくると思います。
主人公のヤン・スクジュツキが使える領主イェレミ公。
コサックの襲撃を受けて苦悩します。
このパートでは、シュラフタ達がいかに闘うかを熱く議論します。

城を包囲され、勝機を失ったイェレミ公と武将たち。
この状況を打破するには、誰かがコサック兵の包囲網を突破し、王に援軍を要請するしかない。
切羽詰まった中で決断を迫られる。
ヤンからイェレミ公の窮状を聞くポーランド国王。
グリム童話のようなコスチュームです。
命をかけて敵の包囲網を突破するヤン。
外敵が「洪水のように」押し寄せた17世紀、もはや王は求心力を失い、国はバラバラだった。
しかし、ヤンの勇気に心を動かされた王は、イェレミ公を救うため挙兵を決意する。

☆「ファイアーアンドスウォード」の英語字幕版は、以下のURLから全編見ることができます。
蜂蜜酒作りの伝統と現代
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について』の続きになります。
§ 蜂蜜酒づくりの伝統と現代
1932年の創立以来、Apis Apiculture Cooperative in Lublin 社は、ポーランドの伝統工業ともいうべき蜂蜜酒作りにおいて、輝かしい伝統を守り抜いてきました。
第二次大戦後、間もなく、蜂蜜酒の製造業は、クラクフ、ポズナニ、ニヂツァ、ミェユフ、そしてルブリンに持ち出され、長年にわたり、様々な種類の蜂蜜酒をお客様に提供してきました。
そして、現在も、伝統工業としての蜂蜜酒作りを忠実に守り続けています。
マネージメントの見識と、厳選されたスタッフのおかげで、Apis社は、最新の設備に投資し、ポーランドのみならずヨーロッパ圏外へも、高品質を備えた生産ラインを拡張してきました。
2004年には、ポーランドにおいて最新の生産ラインを開設し、2002年から2004年にかけて、国際標準化『ISO 9001:2001』を取得、および食品安全衛生管理HACCPに基づいた製造を実践しています。
§ レシピ
「APIS」のブランド名において販売されているすべての蜂蜜酒は、人工香料、人工着色料、二酸化硫黄といった有害な化学物質を使用することなく、数世紀にわたって受け継がれてきた伝統的な手法のもとに製造されています。
製造過程においては、伝統的な風味や香りを維持することに最大限の努力がなされます。
創業以来、70年にわたり、Apis社は、蜂蜜および蜂蜜酒のリーディング・カンパニーとして、高品質で、もっとも濃度の高い蜂蜜酒を作り続けてきました。
国内外における食品コンテストや貿易フェアなどで数多くのメダルを受賞し、現在も、バラエティに富んだ製品を提供すべく発展を続けています。

Apis logo
ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義』の続きになります。
§ ラズベリーやオーク材を用いた蜂蜜酒作りの技術
ポーランドの蜂蜜酒は、15世紀には非常に人気のある必需品でした。
商人達は、荷馬車、もしくは船で、「蜂蜜酒」と「蜜蝋」をグダニスクや欧州諸国へと運んでいました。
次から次に注文が殺到していたからです。
やがて、「miodowary」として知られる経験豊かな醸造業者によって、多くの町に蜂蜜酒の製造組合や製造所が設立されました。
そして、蜂蜜酒に多様な味わいと香りをもたらすために、ラズベリーやチェリーをはじめとする、様々な果実のシロップが加えられるようになりました。
また、新鮮なオーク材でこしらえた木の樽は、独特の味と香りを醸し出すため、非常に人気がありました。
特に、7月に採取された蜂蜜から製造された蜂蜜酒は、ポーランド人やリトアニア民族の間で愛飲されました。
§ ポーランドにおける森の養蜂業の歴史
ポーランドにおける養蜂業の起源は、ミツバチの生息する木々の穴から蜂蜜を採取する林業の活動から始まりました。
14世紀頃まで、野性の蜂飼いたちは、樹からくり抜いた蜂の巣を森から村へと運んでいたのです。
在る時点から、蜂飼いの仕事は、非常に儲かる仕事としてみなされるようになりました。
その事実は、ポーランドの港で売られていた蜜蝋の量や、貨幣の代わりに現物で支払われていたことが証明しています。
ポーランドの養蜂業は、ポーランドとスウェーデンの戦争により、壊滅的な打撃を受ける18世紀まで非常に繁栄していました。
§ 蜂蜜酒の製造過程
時に「ハニーワイン」として知られる蜂蜜酒は、薄めた蜂蜜を自然発酵させることで作られるアルコール飲料です。
蜂蜜酒の基本的な種類は、蜂蜜と水の量の加減で定められます。
たとえば、最も濃厚な『Półtorak(プウトラク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1.5」。
『Dwójniak(ドヴイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/2」。
『Trójniak(トルイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/3」。
『Czwórniak(チフルニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/4」。
くわえて、蜂蜜の種類や、果実シロップ、ハーブ、発酵や醸成の加減によっても味は違ってきます。
蜂蜜酒には、まさに無限のバリエーションがあるのです。
しかし、どんな蜂蜜酒であっても、その製造過程には、特別な監視と注意が求められます。
原料の選別、酵母菌に適した環境、樽の準備……等々。
そして、何よりも、発酵と醸成のタイミングが、最終的に生成される製品の品質に大きな影響を与えます。
「醸成」こそが成功の鍵と判って以来、最新の製造手法は、伝統的なレシピと技術をベースにしています。
蜂蜜は、ユニークなアルコール飲料であり、人工香料や人工着色料、人工保存量などをいっさい加えない、ナチュラルで非常に栄養価の高い飲み物なのです。

ポーランドの蜂蜜酒 Miód Pitny
ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
§ 王侯貴族の特別な飲み物だったポーランドの蜂蜜酒
ポーランドに居住するスラブ民族によって始められた蜂蜜酒作りの歴史は、1000年以上も前にもさかのぼります。
西暦966年には、スペイン人の旅行家が、ポーランドの豊かな食生活や森と農地、当時の統治者、MieszkoⅠ(ミエシュコ1世)に振る舞われた大量の蜂蜜のことや、「酔わせる飲み物」としての蜂蜜酒について記録しています。
蜂蜜酒作りは、主に、野性のハチが活動するにふさわしい気候であるかどうかに大きく左右されます。
それはワイン作りよりもさらに良好な条件が求められます。
10世紀以上前、ユダヤの商人、イブラヒム・イブン・ハコブとスペイン大使は、「ミエシュコ王子の国で飲んだMiód Pitny(蜂蜜酒)は、酔わせるワインだ」と記し、11世紀の変わり目を生きたポーランド人の歴史家、ガルウス・アノニモウスは、「我が国は、金と銀、パンと肉、魚とハチミツに満ちあふれている」と記録しました。
数世紀の間、蜂蜜酒は、富裕階級にのみ捧げらる貴い飲み物だったのです。
§ 国民の生業としての蜂蜜酒の歴史
しかしながら、彼らのレシピは、特に16世紀から17世紀にかけて、庶民にも幅広く知られるようになりました。
蜂蜜酒は、気候の影響からワインとなる葡萄が生育しなかった中欧および北欧において、最も歴史の古いアルコール飲料であると考えられています。
ポーランドでは、蜂蜜酒は「美味しいリキュール」と評判高く、主に、修道院と貴族階級の間で愛飲されてきました。
Piast and Jagiellonian ピアストとヤギエロニアン王家のお気に入りの飲み物でもあった蜂蜜酒は、「The Trilogz(トリロジー)」という書物の中で、ヘンリク・シエンキエヴィツによって記された17世紀の有名な騎士、Zagłoba(ザグウォバ)によって絶賛されています。
このザグウォバは、成熟した、非常に強い蜂蜜酒を、いつもカゴ入りの細口ビンに携帯し、必要な時には元気づけに一杯やっていたと言われています。
このように、蜂蜜酒は、ポーランドの伝統的な飲み物であると同時に、我が国の重要な文化遺産の一つなのです。
17世紀の後半、ポーランドの蜂蜜酒製造は、ロシア、プロイセン、オーストリアなどによる「国土分割」による影響で、政治的にも経済的にも打撃を受け、何度も下降しました。
この厳しい状況は、第二次大戦後、伝統的な手法による蜂蜜酒製造が復活するまで続きました。
§ ポーランドにおける蜂蜜酒製造の位置づけ
ポーランドにおいて、蜂蜜酒製造の技術を向上することは、非常に重要な課題と言えます。
しかしながら、蜂蜜酒の製造には、非常に注意深い管理が必要とされます。
ポーランドは、蜂蜜酒を工業レベルで製造している世界で唯一の国です。
いわば、蜂蜜酒Miód Pitnyは、ポーランドを象徴するアイデンティティの一つなのです。
編みカゴ入りの細口ビンに入れた蜂蜜酒を楽しむシュラフタたち。
肥ったおじさんが有名な豪傑Zagłoba(ザグウォバ)です。
映画「Pan Wołodyjoowski」より。
詳しくは、「歴史映画の中のMiód Pitny ~貴族文化と農民の暮らし~」でどうぞ。
甘味としてのハチミツと洋食文化
私も日本に居た頃は、ハチミツなんて年に一回買うかどうか、たまに気が向いた時、ホットケーキのシロップに使うぐらいで、商品棚をチェックすることさえありませんでした。
しかし、ポーランドに来てから、その消費量は毎月1000ml超え。
市場で買ったオール・ナチュラルのハチミツ250ml入りボトルがあっという間になくなってしまうのですから、本当によく食するようになったとつくづく思います。
ちなみに、私のこだわりアイテムは、「蕎麦の蜜」と「針葉樹の蜜」です。
主な使い道は、「料理」「シリアルやケーキのトッピング」ですが、やはり一番量を使うのが「お茶の甘味付け」です。
紅茶やハーブティーは言うに及ばず、緑茶にもたっぷり使います。
「緑茶」と言っても、いわゆる「煎茶」や「玄米茶」のような日本茶とは大きく異なり、一口に言うなら「紅茶の緑バージョン」。
紅茶から紅色を抜いたような苦みと渋みがあり、ストレートで飲むのはかなりきついため、どうしても甘味が欲しくなるのです。
もちろん、ポーランドの人がみなお茶の甘み付けにハチミツを使っているかと言えば決してそうではなく、白砂糖を使っている家庭も多いです。
ただ、美容と健康を考えるなら、工場で大量生産された白砂糖を使うより、天然のハチミツの方が栄養面でも、味の面でもはるかに優れていることから、我が家では「ハチミツ」が欠かせないんですね。
では、なぜ、それほど甘味のきいたお茶が欲しくなるのか。
理由の一つには、「洋食文化」があると思います。
たとえば、和食の場合、肉じゃがでも、おでんでも、うどんでも、味に立体感を出すために少量の砂糖を使いますよね。
でも、洋食は、バター、生クリーム、ハーブ、スパイスで、肉の臭みを消し、味に味を重ねてゆきます。
和食の「素材の旨味を引き出す」というのとは、ちょっと趣が異なるんですね。
洋食の場合、料理にほとんど砂糖を使わないせいか、食後に、モーレツに甘みが欲しくなります。
そこで「デザート」。
食事が終わると、必ずと言っていいほど、ケーキやクッキーが出てきます。
男性でも、生クリームがたっぷりのケーキをむしゃむしゃ。
この辺りで、「食文化が違うなぁ」とつくづく思うわけです。
我が家では、甘味の補給に、ハチミツたっぷりのお茶を出すようにしています。
レモンとハチミツが利いたハーブティーや紅茶を飲むと、不思議とケーキやクッキーを欲しいと思わなくなるからです。
お茶の甘味はもちろん、料理の味付けやトッピングに欠かせないハチミツ。
特に、醤油との相性は抜群なので、砂糖の代用として取り入りてはいかがでしょうか。























