蜂蜜酒について
シュラフタ(貴族)の陶器ボトル
ポーランドには、中世から近代にかけて、『シュラフタ(szlachta)』と呼ばれる貴族階級が存在しました。
近代には庶民に広く伝わった蜂蜜酒Miód Pitnyも、かつては王侯貴族でのみ愛飲され、ワインよりも希少な飲み物だったのです。
理由の一つは、葡萄を醸造してワインを作るより、ハチミツを発酵させて美味しいお酒にする方がはるかに難しかったからです(気候や環境の影響を受けやすい)。
その名残で、ポーランドの蜂蜜酒といえば、「シュラフタ」がシンボリックに語られることがあります。
ロシアやプロイセンなど、しばしば列強の侵略に脅かされてきたポーランド。
その度に、ポーランドの人々は、祖国を守るために闘ってきました。
こちらはApis直営店で売られているシュラフタを象った陶器のボトル。
頭部がキャップになっており、蜂蜜酒を保存することができます。
ボトルだけでも十分お洒落なMiód Pitnyですが、こうした陶器ボトルに移し替えて飾っておくと、風味も増すように感じますね。
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シュラフタを象った陶器のボトル。 カップを手にした男性貴族と貴婦人です。 |
頭部はキャップになっており、 蜂蜜酒を移し替えることが出来ます。 |
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カップをもった貴族の頭部。 |
カップをもった貴婦人の頭部 |
では、実際、ポーランドのシュラフタはどんな感じだったのでしょう。
日本の小説やドラマにおいて、織田信長や武田信玄といった戦国の武将が一種の憧れをもって描かれるように、ポーランドにも救国の士であるシュラフタを描いた作品がたくさんあります。
『歴史映画の中のMiód Pitny ~貴族文化と農民の暮らし~』でも紹介している、映画「ファイアー・アンド・ソード (Ogniem i Mieczem)」では、恋のため、祖国のために闘う貴族の武将ヤンがハンサムな騎士として描かれていますし、その相棒である高僧ザグウォバは、蜂蜜酒が大好きな、お茶目なキャラクターとして物語を盛り上げます。
実際、彼らがこのような華やかな装いをしていたかと言えば、おそらく否。日本の時代劇で、赤穂浪士が見映えのよい装束を揃えて討ち入りするのと同じく、映画用に味付けされた部分も多いと思います。
しかしながら、ベルサイユやエリザベス1世の世界とは趣の異なるエキゾチックな民族衣装に、土の匂いのする建物や調度、質素で堅固なカトリック的な雰囲気など、「いにしえのポーランド」を偲ばせる演出は見応えがあります。
貴族に愛されたMiód Pitnyの魅力がきっと伝わってくると思います。
主人公のヤン・スクジュツキが使える領主イェレミ公。
コサックの襲撃を受けて苦悩します。
このパートでは、シュラフタ達がいかに闘うかを熱く議論します。

城を包囲され、勝機を失ったイェレミ公と武将たち。
この状況を打破するには、誰かがコサック兵の包囲網を突破し、王に援軍を要請するしかない。
切羽詰まった中で決断を迫られる。
ヤンからイェレミ公の窮状を聞くポーランド国王。
グリム童話のようなコスチュームです。
命をかけて敵の包囲網を突破するヤン。
外敵が「洪水のように」押し寄せた17世紀、もはや王は求心力を失い、国はバラバラだった。
しかし、ヤンの勇気に心を動かされた王は、イェレミ公を救うため挙兵を決意する。

☆「ファイアーアンドスウォード」の英語字幕版は、以下のURLから全編見ることができます。
蜂蜜酒作りの伝統と現代
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について』の続きになります。
§ 蜂蜜酒づくりの伝統と現代
1932年の創立以来、Apis Apiculture Cooperative in Lublin 社は、ポーランドの伝統工業ともいうべき蜂蜜酒作りにおいて、輝かしい伝統を守り抜いてきました。
第二次大戦後、間もなく、蜂蜜酒の製造業は、クラクフ、ポズナニ、ニヂツァ、ミェユフ、そしてルブリンに持ち出され、長年にわたり、様々な種類の蜂蜜酒をお客様に提供してきました。
そして、現在も、伝統工業としての蜂蜜酒作りを忠実に守り続けています。
マネージメントの見識と、厳選されたスタッフのおかげで、Apis社は、最新の設備に投資し、ポーランドのみならずヨーロッパ圏外へも、高品質を備えた生産ラインを拡張してきました。
2004年には、ポーランドにおいて最新の生産ラインを開設し、2002年から2004年にかけて、国際標準化『ISO 9001:2001』を取得、および食品安全衛生管理HACCPに基づいた製造を実践しています。
§ レシピ
「APIS」のブランド名において販売されているすべての蜂蜜酒は、人工香料、人工着色料、二酸化硫黄といった有害な化学物質を使用することなく、数世紀にわたって受け継がれてきた伝統的な手法のもとに製造されています。
製造過程においては、伝統的な風味や香りを維持することに最大限の努力がなされます。
創業以来、70年にわたり、Apis社は、蜂蜜および蜂蜜酒のリーディング・カンパニーとして、高品質で、もっとも濃度の高い蜂蜜酒を作り続けてきました。
国内外における食品コンテストや貿易フェアなどで数多くのメダルを受賞し、現在も、バラエティに富んだ製品を提供すべく発展を続けています。

Apis logo
ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義』の続きになります。
§ ラズベリーやオーク材を用いた蜂蜜酒作りの技術
ポーランドの蜂蜜酒は、15世紀には非常に人気のある必需品でした。
商人達は、荷馬車、もしくは船で、「蜂蜜酒」と「蜜蝋」をグダニスクや欧州諸国へと運んでいました。
次から次に注文が殺到していたからです。
やがて、「miodowary」として知られる経験豊かな醸造業者によって、多くの町に蜂蜜酒の製造組合や製造所が設立されました。
そして、蜂蜜酒に多様な味わいと香りをもたらすために、ラズベリーやチェリーをはじめとする、様々な果実のシロップが加えられるようになりました。
また、新鮮なオーク材でこしらえた木の樽は、独特の味と香りを醸し出すため、非常に人気がありました。
特に、7月に採取された蜂蜜から製造された蜂蜜酒は、ポーランド人やリトアニア民族の間で愛飲されました。
§ ポーランドにおける森の養蜂業の歴史
ポーランドにおける養蜂業の起源は、ミツバチの生息する木々の穴から蜂蜜を採取する林業の活動から始まりました。
14世紀頃まで、野性の蜂飼いたちは、樹からくり抜いた蜂の巣を森から村へと運んでいたのです。
在る時点から、蜂飼いの仕事は、非常に儲かる仕事としてみなされるようになりました。
その事実は、ポーランドの港で売られていた蜜蝋の量や、貨幣の代わりに現物で支払われていたことが証明しています。
ポーランドの養蜂業は、ポーランドとスウェーデンの戦争により、壊滅的な打撃を受ける18世紀まで非常に繁栄していました。
§ 蜂蜜酒の製造過程
時に「ハニーワイン」として知られる蜂蜜酒は、薄めた蜂蜜を自然発酵させることで作られるアルコール飲料です。
蜂蜜酒の基本的な種類は、蜂蜜と水の量の加減で定められます。
たとえば、最も濃厚な『Półtorak(プウトラク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1.5」。
『Dwójniak(ドヴイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/2」。
『Trójniak(トルイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/3」。
『Czwórniak(チフルニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/4」。
くわえて、蜂蜜の種類や、果実シロップ、ハーブ、発酵や醸成の加減によっても味は違ってきます。
蜂蜜酒には、まさに無限のバリエーションがあるのです。
しかし、どんな蜂蜜酒であっても、その製造過程には、特別な監視と注意が求められます。
原料の選別、酵母菌に適した環境、樽の準備……等々。
そして、何よりも、発酵と醸成のタイミングが、最終的に生成される製品の品質に大きな影響を与えます。
「醸成」こそが成功の鍵と判って以来、最新の製造手法は、伝統的なレシピと技術をベースにしています。
蜂蜜は、ユニークなアルコール飲料であり、人工香料や人工着色料、人工保存量などをいっさい加えない、ナチュラルで非常に栄養価の高い飲み物なのです。

ポーランドの蜂蜜酒 Miód Pitny
ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
§ 王侯貴族の特別な飲み物だったポーランドの蜂蜜酒
ポーランドに居住するスラブ民族によって始められた蜂蜜酒作りの歴史は、1000年以上も前にもさかのぼります。
西暦966年には、スペイン人の旅行家が、ポーランドの豊かな食生活や森と農地、当時の統治者、MieszkoⅠ(ミエシュコ1世)に振る舞われた大量の蜂蜜のことや、「酔わせる飲み物」としての蜂蜜酒について記録しています。
蜂蜜酒作りは、主に、野性のハチが活動するにふさわしい気候であるかどうかに大きく左右されます。
それはワイン作りよりもさらに良好な条件が求められます。
10世紀以上前、ユダヤの商人、イブラヒム・イブン・ハコブとスペイン大使は、「ミエシュコ王子の国で飲んだMiód Pitny(蜂蜜酒)は、酔わせるワインだ」と記し、11世紀の変わり目を生きたポーランド人の歴史家、ガルウス・アノニモウスは、「我が国は、金と銀、パンと肉、魚とハチミツに満ちあふれている」と記録しました。
数世紀の間、蜂蜜酒は、富裕階級にのみ捧げらる貴い飲み物だったのです。
§ 国民の生業としての蜂蜜酒の歴史
しかしながら、彼らのレシピは、特に16世紀から17世紀にかけて、庶民にも幅広く知られるようになりました。
蜂蜜酒は、気候の影響からワインとなる葡萄が生育しなかった中欧および北欧において、最も歴史の古いアルコール飲料であると考えられています。
ポーランドでは、蜂蜜酒は「美味しいリキュール」と評判高く、主に、修道院と貴族階級の間で愛飲されてきました。
Piast and Jagiellonian ピアストとヤギエロニアン王家のお気に入りの飲み物でもあった蜂蜜酒は、「The Trilogz(トリロジー)」という書物の中で、ヘンリク・シエンキエヴィツによって記された17世紀の有名な騎士、Zagłoba(ザグウォバ)によって絶賛されています。
このザグウォバは、成熟した、非常に強い蜂蜜酒を、いつもカゴ入りの細口ビンに携帯し、必要な時には元気づけに一杯やっていたと言われています。
このように、蜂蜜酒は、ポーランドの伝統的な飲み物であると同時に、我が国の重要な文化遺産の一つなのです。
17世紀の後半、ポーランドの蜂蜜酒製造は、ロシア、プロイセン、オーストリアなどによる「国土分割」による影響で、政治的にも経済的にも打撃を受け、何度も下降しました。
この厳しい状況は、第二次大戦後、伝統的な手法による蜂蜜酒製造が復活するまで続きました。
§ ポーランドにおける蜂蜜酒製造の位置づけ
ポーランドにおいて、蜂蜜酒製造の技術を向上することは、非常に重要な課題と言えます。
しかしながら、蜂蜜酒の製造には、非常に注意深い管理が必要とされます。
ポーランドは、蜂蜜酒を工業レベルで製造している世界で唯一の国です。
いわば、蜂蜜酒Miód Pitnyは、ポーランドを象徴するアイデンティティの一つなのです。
編みカゴ入りの細口ビンに入れた蜂蜜酒を楽しむシュラフタたち。
肥ったおじさんが有名な豪傑Zagłoba(ザグウォバ)です。
映画「Pan Wołodyjoowski」より。
詳しくは、「歴史映画の中のMiód Pitny ~貴族文化と農民の暮らし~」でどうぞ。
蜂蜜酒を使ったカクテル・レシピ
ポーランドの蜂蜜酒Miód Pitny(ミュト・ピトヌィ)は、食前酒もしくはナイトキャップとして、小さなショットグラス(もしくはスリムなリキュール・グラス)に入れて飲むのが一般的ですが、ジュースやウォッカ等を加えてカクテルとして楽しむこともできます。
いくつかのレシピをご紹介します。
各レシピの名称の左側がポーランド名、右側が英名になります。
Zapomnienie(ザポミニェニェ=忘却) / Oblivion (オブリヴィオン)
* Trójniak Bernardyński mead 50 ml
* トニック 50 ml
* レモンジュース 5 ml
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Nic nie robić (ニッツ ニエ ロビチ=何もしない)/ Lazy Boy(=怠け者)
* Dwójniak Kurpiowski mead 50 ml
* ラム酒 30 ml
* レモンジュース 10 ml
* パイナップス・スライス 少量
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Wiosenny czar(ヴィオセヌィ チャル =春の陽ざし) / Spring delight
* Czwórniak Korzenny mead 80 ml
* ミネラルウォーターもしくはアップルジュース 60 ml
* レモンジュース 10 ml
* ミントチョコレート 数滴
* レモンスライス
* デコレーション用のミントの葉
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Marzenie Jadwigi (マジェニエ ヤドヴィギ=ヤドヴィガ女王の夢)/ Jadwiga’s Dream
* Półtorak Jadwiga mead 40 ml
* ウォッカ 20 ml
* ラム酒 20 ml
* トニック 40 ml
* レモンジュース 10 ml
* パイナップル・スライス 数枚
* オレンジ・スライス 数枚
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Sarmata Kusiciel / Sarmata the Tempter
* Dwójniak Kurpiowski mead 60 ml
* ウォッカ 30 ml
* グレープフルーツジュース 10 ml
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Miód Pitnyの種類と作り方
ポーランドの蜂蜜酒Miód Pitny(ミュト・ピトヌィ)は、使用されるハチミツの濃度や製造法や醸成年月によって主に3種類に分けられます。
濃度の高く、醸成年月の長い順番から、Półtorak(プウトラク)、Dwójniak(ドヴイニアク)、Trójniak(トルイニアク)となります。
他に、数ヶ月で醸成できるCzwórniak(チュフルニアク)、Piątak(ピョンタク)という軽いタイプもあります。
Miód Pitnyの著名なメーカーであるApis社のレシピを具体例に挙げると
Półtorak(プウトラク)── 水1リットルに対し、ハチミツ720グラム。少なくとも10年は醸成。
Dwójniak(ドヴイニアク)── 水1リットルに対し、ハチミツ610グラム。約7~8年かけて醸成
Trójniak(トルイニアク)── 水1リットルに対し、ハチミツ420グラム。約2~3年かけて醸成。
もう少し詳しく見ていきましょう。
Miód Pitnyの作り方は各家庭で様々であり、ウェブサイトでもいろんなレシピが紹介されています。
日本でもネットの有志がレシピを公開していますので、「蜂蜜酒 作り方」で検索してみて下さい。
(アウベルクラフトに写真入りの詳しい説明があります。手作りミードキット(発酵ビン・ハーフガロンタイプ)
も販売しています。)
主材料は、水、ハチミツ、酵母菌、クエン酸。
これにハーブや果実シロップを加え、味と香りづけをします。
製造過程をおおざっぱに説明すると、まず水、ハチミツ、酵母菌を使ってアルコール成分を自然に発酵させ、「brzeczka(ブジェチュカ)」と呼ばれる中間物質を作ります。(何とも翻訳のしようがない)
これはあくまでイメージ画です。
このbrzeczkaをさらに数週間かけて発酵させた後、10度から15度ぐらいの温度に保たれた暗所で何年もかけて醸成します。
その後、醸成酒をこして上澄みを取り出し、保存します。
ポーランドの場合、このbrzeczkaに、名産であるブラックカラント(黒すぐり)、ラズベリー、ローズヒップのシロップ、香草などを加えて、独特の甘みと香りを醸し出します。
その最大の特徴は、琥珀をとかしたような黄金色の輝きと、濃厚かつ上品な甘さ。
「ポーランドの蜂蜜酒を体験すると、他のものでは満足できなくなる」くらい魅せられてしまうのです。
奇しくも、蜂蜜酒をイメージする『琥珀』は、ポーランドの名産(バルト海方面)であり、愛を咲かせる宝石、「永遠」や「豊穣」を意味するパワーストーンとして知られています。
もしかしたら、ポーランドの蜂蜜酒は、琥珀の幸福な輝きを模しているのかもしれません。
『手作りキットの店 アウベルクラフト』
「手作りミードキット(発酵ビン・ハーフガロンタイプ)」です。
ショップサイトに蜂蜜酒の作り方も紹介されています。
ただし、日本では、無許可に作ることは酒税法で禁止されていますので、あくまで趣味の範囲でどうぞ☆

ポーランドの蜂蜜酒『Miód Pitny(ミュト・ピトヌィ)』について
ポーランドと言えば「ウォッカ」が圧倒的に有名ですが、それに負けず劣らず愛されているのが『Miód Pitny(ミュト・ピトヌィ』と呼ばれる『蜂蜜酒』です。
英語では「ミード」といい、日本でも少しずつ普及しつつありますが、知名度としてはまだまだ。
ハチミツからお酒が作れるということさえ、あまり知られていないのではないでしょうか。
しかしながら、ハチミツを使ったお酒造りは紀元前から伝えられ、結婚を祝うおめでたいお酒として、ディナーを盛り上げる食前酒として、世界各地で愛されてきました。
ポーランドも例外ではなく、その歴史は1000年以上も前にさかのぼります。
濃厚なハチミツをたっぷり使ったMiód Pitny(ミュウト・ピトヌィ)は、主に「シュラフタ」と呼ばれる貴族階級により秘伝の製法が受け継がれてきました。
やがてそれは下々にも伝えられ、今でも町の市場やイベントを訪れると、ホームメイドの蜂蜜酒が売られている光景をよく目にします。
材料さえ揃えば、何でもささっと手作りしてしまうポーランド。美味しい自家製蜂蜜酒は、我が家の宝であり、お客様への最高のもてなしなのです。
写真:ślonzki EKOMUZEUM RZEMIOSŁA W DOBKOWIE
そんな秘伝の味をぎゅっと凝縮し、世界各地に販売を展開している蜂蜜酒メーカーが幾つかあります。
もっとも有名なのは、ルブリンに本拠地を置く『Apis(アピス)』。
観光地としても有名なクラクフの『ベネディクト修道院』。
新鮮で高品質なハチミツを欧州各国に販売する『Krórewskie-miody』などなど。
他では経験できない濃厚かつ高貴な味わいをぜひお楽しみ下さい。
写真は『Apis』の人気銘柄。
左から、Dwójniak Kurpiowski、Pótrak Jadwiga、Kurpiowski、Trójniak Kasztelański

































