蜂蜜酒の歴史
蜂蜜酒作りの伝統と現代
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について』の続きになります。
§ 蜂蜜酒づくりの伝統と現代
1932年の創立以来、Apis Apiculture Cooperative in Lublin 社は、ポーランドの伝統工業ともいうべき蜂蜜酒作りにおいて、輝かしい伝統を守り抜いてきました。
第二次大戦後、間もなく、蜂蜜酒の製造業は、クラクフ、ポズナニ、ニヂツァ、ミェユフ、そしてルブリンに持ち出され、長年にわたり、様々な種類の蜂蜜酒をお客様に提供してきました。
そして、現在も、伝統工業としての蜂蜜酒作りを忠実に守り続けています。
マネージメントの見識と、厳選されたスタッフのおかげで、Apis社は、最新の設備に投資し、ポーランドのみならずヨーロッパ圏外へも、高品質を備えた生産ラインを拡張してきました。
2004年には、ポーランドにおいて最新の生産ラインを開設し、2002年から2004年にかけて、国際標準化『ISO 9001:2001』を取得、および食品安全衛生管理HACCPに基づいた製造を実践しています。
§ レシピ
「APIS」のブランド名において販売されているすべての蜂蜜酒は、人工香料、人工着色料、二酸化硫黄といった有害な化学物質を使用することなく、数世紀にわたって受け継がれてきた伝統的な手法のもとに製造されています。
製造過程においては、伝統的な風味や香りを維持することに最大限の努力がなされます。
創業以来、70年にわたり、Apis社は、蜂蜜および蜂蜜酒のリーディング・カンパニーとして、高品質で、もっとも濃度の高い蜂蜜酒を作り続けてきました。
国内外における食品コンテストや貿易フェアなどで数多くのメダルを受賞し、現在も、バラエティに富んだ製品を提供すべく発展を続けています。

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ポーランドの養蜂業と蜂蜜酒の製造工程について
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
この記事は、『ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義』の続きになります。
§ ラズベリーやオーク材を用いた蜂蜜酒作りの技術
ポーランドの蜂蜜酒は、15世紀には非常に人気のある必需品でした。
商人達は、荷馬車、もしくは船で、「蜂蜜酒」と「蜜蝋」をグダニスクや欧州諸国へと運んでいました。
次から次に注文が殺到していたからです。
やがて、「miodowary」として知られる経験豊かな醸造業者によって、多くの町に蜂蜜酒の製造組合や製造所が設立されました。
そして、蜂蜜酒に多様な味わいと香りをもたらすために、ラズベリーやチェリーをはじめとする、様々な果実のシロップが加えられるようになりました。
また、新鮮なオーク材でこしらえた木の樽は、独特の味と香りを醸し出すため、非常に人気がありました。
特に、7月に採取された蜂蜜から製造された蜂蜜酒は、ポーランド人やリトアニア民族の間で愛飲されました。
§ ポーランドにおける森の養蜂業の歴史
ポーランドにおける養蜂業の起源は、ミツバチの生息する木々の穴から蜂蜜を採取する林業の活動から始まりました。
14世紀頃まで、野性の蜂飼いたちは、樹からくり抜いた蜂の巣を森から村へと運んでいたのです。
在る時点から、蜂飼いの仕事は、非常に儲かる仕事としてみなされるようになりました。
その事実は、ポーランドの港で売られていた蜜蝋の量や、貨幣の代わりに現物で支払われていたことが証明しています。
ポーランドの養蜂業は、ポーランドとスウェーデンの戦争により、壊滅的な打撃を受ける18世紀まで非常に繁栄していました。
§ 蜂蜜酒の製造過程
時に「ハニーワイン」として知られる蜂蜜酒は、薄めた蜂蜜を自然発酵させることで作られるアルコール飲料です。
蜂蜜酒の基本的な種類は、蜂蜜と水の量の加減で定められます。
たとえば、最も濃厚な『Półtorak(プウトラク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1.5」。
『Dwójniak(ドヴイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/2」。
『Trójniak(トルイニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/3」。
『Czwórniak(チフルニアク)』は、水「1」に対し、蜂蜜「1/4」。
くわえて、蜂蜜の種類や、果実シロップ、ハーブ、発酵や醸成の加減によっても味は違ってきます。
蜂蜜酒には、まさに無限のバリエーションがあるのです。
しかし、どんな蜂蜜酒であっても、その製造過程には、特別な監視と注意が求められます。
原料の選別、酵母菌に適した環境、樽の準備……等々。
そして、何よりも、発酵と醸成のタイミングが、最終的に生成される製品の品質に大きな影響を与えます。
「醸成」こそが成功の鍵と判って以来、最新の製造手法は、伝統的なレシピと技術をベースにしています。
蜂蜜は、ユニークなアルコール飲料であり、人工香料や人工着色料、人工保存量などをいっさい加えない、ナチュラルで非常に栄養価の高い飲み物なのです。

ポーランドの蜂蜜酒 Miód Pitny
ポーランドの蜂蜜酒の歴史と国家的意義
これらのテキストは、Apis社から許可を頂いて、公式サイトの記事を私自身で翻訳しているものです。
分かりやすいように超訳している部分もありますので、よろしくご了承下さい。
§ 王侯貴族の特別な飲み物だったポーランドの蜂蜜酒
ポーランドに居住するスラブ民族によって始められた蜂蜜酒作りの歴史は、1000年以上も前にもさかのぼります。
西暦966年には、スペイン人の旅行家が、ポーランドの豊かな食生活や森と農地、当時の統治者、MieszkoⅠ(ミエシュコ1世)に振る舞われた大量の蜂蜜のことや、「酔わせる飲み物」としての蜂蜜酒について記録しています。
蜂蜜酒作りは、主に、野性のハチが活動するにふさわしい気候であるかどうかに大きく左右されます。
それはワイン作りよりもさらに良好な条件が求められます。
10世紀以上前、ユダヤの商人、イブラヒム・イブン・ハコブとスペイン大使は、「ミエシュコ王子の国で飲んだMiód Pitny(蜂蜜酒)は、酔わせるワインだ」と記し、11世紀の変わり目を生きたポーランド人の歴史家、ガルウス・アノニモウスは、「我が国は、金と銀、パンと肉、魚とハチミツに満ちあふれている」と記録しました。
数世紀の間、蜂蜜酒は、富裕階級にのみ捧げらる貴い飲み物だったのです。
§ 国民の生業としての蜂蜜酒の歴史
しかしながら、彼らのレシピは、特に16世紀から17世紀にかけて、庶民にも幅広く知られるようになりました。
蜂蜜酒は、気候の影響からワインとなる葡萄が生育しなかった中欧および北欧において、最も歴史の古いアルコール飲料であると考えられています。
ポーランドでは、蜂蜜酒は「美味しいリキュール」と評判高く、主に、修道院と貴族階級の間で愛飲されてきました。
Piast and Jagiellonian ピアストとヤギエロニアン王家のお気に入りの飲み物でもあった蜂蜜酒は、「The Trilogz(トリロジー)」という書物の中で、ヘンリク・シエンキエヴィツによって記された17世紀の有名な騎士、Zagłoba(ザグウォバ)によって絶賛されています。
このザグウォバは、成熟した、非常に強い蜂蜜酒を、いつもカゴ入りの細口ビンに携帯し、必要な時には元気づけに一杯やっていたと言われています。
このように、蜂蜜酒は、ポーランドの伝統的な飲み物であると同時に、我が国の重要な文化遺産の一つなのです。
17世紀の後半、ポーランドの蜂蜜酒製造は、ロシア、プロイセン、オーストリアなどによる「国土分割」による影響で、政治的にも経済的にも打撃を受け、何度も下降しました。
この厳しい状況は、第二次大戦後、伝統的な手法による蜂蜜酒製造が復活するまで続きました。
§ ポーランドにおける蜂蜜酒製造の位置づけ
ポーランドにおいて、蜂蜜酒製造の技術を向上することは、非常に重要な課題と言えます。
しかしながら、蜂蜜酒の製造には、非常に注意深い管理が必要とされます。
ポーランドは、蜂蜜酒を工業レベルで製造している世界で唯一の国です。
いわば、蜂蜜酒Miód Pitnyは、ポーランドを象徴するアイデンティティの一つなのです。
編みカゴ入りの細口ビンに入れた蜂蜜酒を楽しむシュラフタたち。
肥ったおじさんが有名な豪傑Zagłoba(ザグウォバ)です。
映画「Pan Wołodyjoowski」より。
詳しくは、「歴史映画の中のMiód Pitny ~貴族文化と農民の暮らし~」でどうぞ。





